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なぜ、世の中に「鏡」があるの?…(ちょっと想像)

公開日: 2008年9月18日木曜日 「霊的」ということ 創作話集-「ちょっと想像」


ある子供の質問: なぜ、世の中に「鏡」があるの?

答え1.人間の眼は、そのままでは自分自身を見ることが出来ないから
    (12歳まではこう答えよう)
    <物理的視点>

答え2.人間は「自分のことは自分が一番よくわかっている」
    と言うけれども、自分自身で自分のこころを見るのは、
    メガネをかけて見ているのと同じで
    何か色がついてしまい、本当の自分が見えない。
    冷静に自分を見ることができない。
    人間は、本当は、できることなら
    「他人を見るように」自分を見ることが望ましい。
    (実はそうしているが下手であり、気づいていない)
    それで、自分の心を知る時には「鏡」が必要になる。
    (18歳まではこう答えよう)
    <心理的視点>

答え3.人間は、自分を「からだ(肉体)」のイメージで見てしまう。
    心を超えた「魂」や「霊魂」を知ることが出来ない。
    しかし、もしかしたら「からだ(肉体)」でない自分を
    知る方法があるのかもしれない。
    なぜ、昔の人は「鏡」を大事にしていたのだろうね。
    (18歳以上で、見込みのある人物にはこう答えよう)
    <霊的視点>


そして、子供は「鏡の世界」があると信じ、どんな世界なのだろうと空想する。
しかし、大人にはそれが出来ない。
大人は賢いのではない。「中途半端な利口者」になって成長が止まってしまったのだ。

だから、子供は、いつか忘れずにいたら、「鏡の世界」というのは
心を超えた「魂」や「霊魂」の世界に繋がる可能性があることに
気づくのかもしれない。

しかし、ここまで言ってもまだ、心理的次元と霊的次元が混同されている。

いかに心で高尚なことを考えたり、「愛」を考えても、
通常のレベルでは、おそらく霊的なこととの関係は少ない。
「愛」を考えても、相変わらず邪霊が寄ってくる人もいる。

霊的な次元は別の基準で考えなければならない。
しかし、
このことがどうしても伝わらない。


霊的なことと心の関係については、
以下のWebページを紹介させていただきます。

※「霊をさぐる」より






東山魁夷「静唱」1981
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