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高級な気、高級な霊的エネルギー その1

公開日: 2008年9月22日月曜日 「高級な霊的な気」 「霊的」ということ 「霊的修行」 宗教にまつわる話


[2008.09.22]

宗教とは、実に、これにつきる。 と思う。

そして、
高級な気、高級な霊的エネルギーとの接触が、
そう簡単には、もちづらいのが現在の世の中である。

そういった高級な気やエネルギーは、
高級な霊的存在との接点を持つことが前提となるはずなのに、
どこにも、
そのような接点をもてるような高級な空間がない
からのようである。

というと、人はすぐ「神社、仏閣、霊場、パワースポット」
と騒ぎ出して出掛けるのであるのだが・・・

ところが、この「パワースポット」などは、
話題になって、人が押しかけるともに、「悪くなる」らしい
まるで、
願望の想念観光気分による、人の想念や気が、
空間を汚してしまうらしい。

と、自分には思える。

(しかし、考えてみれば、
 イエス・キリストの宮潔めを思い起こすと、
 現代の人の行為や、来訪の行動は
 「高級な空間を汚している」
 といわれても、しょうがないように思われる)


高級な気、高級な霊的エネルギーは、
「○○にいったら受けられる」
というようなバーゲンセール的な
出会いかたは期待できない。

それには、霊的な法則に則った、技術や作法や儀式が
必要になる。

そして、高級な気、高級な霊的エネルギーは、

・人格が立派か
・教えの内容のレベルが高いか
・荘厳な雰囲気の場所、建物か

ということとは直接関係ないらしい。
なので、
そういったことで宗教や霊的なことを判断する
一般的な人々には、結局見抜けない。

しかし一方で、
自分は特殊な人間だと思っている人は
違う意味で問題を引き寄せる。

例えば、
自分の神秘的体験や
自分の霊的体験を
「霊的体験だ!」と大喜びし
事態を楽観的な想像を交えて判断する。
で、
おそらく、
高級霊と同調するとか、シンクロするとか
言ってしまう。

しかし、
真に高級な霊魂と接点のもてる人間は
ほとんどいないはずである。
(そういう人は歴史に名を残す人だろう)

と、自分は思っている。

というのは
人間の霊的身体は相当に未熟で
人間を指導する正当な指導霊からも
「あまりに暗い」
「わからないことが多い」
と言われるのだそうである。

なのに、
「神や、神に近い高級霊とコンタクトしている」
というのでは、いったい
相手は誰なのか?

自分の体験の雰囲気で確信して大丈夫か?
と心配したくなるが、
こう言うと、

「あなたこそ、レベルが低い」
と言われ、泥仕合になりかねない。


やっぱり、宗教や霊的なことがらは
本来は、むずかしいのだ。

霊的体験があろうとなかろうと
人間には
判断が困難な領域なのだ。

そこを、分からないながらも
正しい門の入口に辿り着けるかどうか。

これが、人間にとっての霊的な道の
最初の課題なのだろうか。


しかし、むずかしい課題だ。

しかも、頭の善し悪しとは関係ないむずかしさなので
頭のいい現代人には、更に「難問」となってしまった
ことが不幸である。


※ジョルジュ・ド・ラ・トゥール『悔悛するマグダラのマリア』(部分)1640-46



 よければお読み下さい(今回の記事の参考にしました)

※「霊をさぐる」の中から


     2,脱 宗 教


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