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霊的な調査を「試す」おかしな人達

公開日: 2008年9月29日月曜日 「霊的」ということ 宗教にまつわる話


調査というものは、
依頼主が「どうしてもはっきりとわからない」ことを調べることである。

という言葉の当たり前な説明はさておき、

世の中にはいろいろな調査というものがある中で
霊的な調査というものもある。

霊的と言うからには
普段の視点からでは
「どうしてもはっきりとわからない」ことを
霊的な視点で回答することになるのだろう。

ところで、
どういうわけか
こういった調査を
「試そう」
とする人がいる

例えば、
占いでは罪がないと考えているのか
占い師を試すテレビ番組もたまに見る

はたまた、言い当てる能力の高い人を
査定しようとの意図から行われる場合もある。

もっとひどくなると、
人を欺していないか確かめるためと称して
偽りの情報を流して見抜けるかを
調べることもするらしい。

こういった「試そう」という気持ちには
当人達に「欺してやろう」という悪意はなく
「実力を査定する」
というもっともらしい理由によって
正当化されている。

実は、
知り合いにもそういう人間が何人かいた。

「オレにはちょっとした作戦があったのさ」
と、得意げに話すので
君は相手と何を競っているのか?
と、こちら側が怪訝に思う。

で、
これら、様々に正当化されつつも行われている
「試す」という行為は
霊的に妥当なのだろうか?

少なくとも、
そこに「信頼」があるとは言えない。
であるならば、
それは明らかに相手に対する「侮辱」である。

そんなことをするくらいなら
普通の場合は
はじめから依頼しないものだろう。

ところが正当化してまでも
この「侮辱」行為を進めてしまう
人達もいる。

人間の社会では「止むを得ない」という
いいわけが成立するかもしれない。

しかし、
霊的調査を進めたり援助したりする
霊的存在がいて、
依頼者のそのような隠れた意図に
気づいた場合、
その「侮辱」を知った場合
どうなるのだろうか?

ちなみに
有名マンガの超一流の某狙撃手の場合、
自身が、依頼者にそのように
「試された」ことを知った時、
必ず、ストーリーのおしまいの頃に

ズキューーーーーン!!

と、偽った依頼者に弾丸が飛んでいく。


では、
霊的な調査を
「試す」おかしな人達には

はてさて、
なにが飛んでいくのだろう?




いや、実は
何も飛ばないのかもしれないが、

自分のうちの誰かが、
その「侮辱」行為を悔やんでいるかもしれない。

となると、
しなくてもいいバカなことをしてしまったと、
のちのち、
自分で償わねばならない気持ち
本人の未来に暗い影を落とすかもしれない。

そうそう、
しなくてもよいバカなことをしてしまった・・・
そういうことは
自分にも昔、あったのかもしれない。

自分も何かを思い出したりして・・・(T_T)



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※追記(2008.09.30)

 例えば、こういった、行動に影響する心情のことを
 修行の会では「霊的カルマ」と表現します

参考までにwebページを・・・





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