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ヰタ・スピリトゥアリス "VITA SPIRITUALIS"

公開日: 2008年10月2日木曜日 「霊的」ということ 宗教にまつわる話


(注:「ヰタ」は「ウィタ」と読みます。これらはラテン語です。一応)


ヰタ・セクスアリス  "vita sexualis"(性的生活)・・・森鴎外による小説

ヰタ・マキニカリス  "vita machinicalis"(機械・玩具的生活)・・・稲垣足穂による短編集

では、

ヰタ・スピリトゥアリス  "vita spiritualis"(霊的生活)

という本はないものだろうか?
誰かが書いても良さそうなものなのに・・・
と思う。


けれども、
現在の「スピリチュアル」ブームの中で
書かれるとしたら、

本当の意味での霊的生活」は期待できない。
せいぜい
「道徳的生活」レベルかな?

昨今の「スピリチュアル」ブームの中で
合点がいかないのは、
霊的法則といわれているものが
人々が情緒的に納得しやすい内容の事柄
昔から言われることに毛の生えた程度の事柄
大した苦労も要求しないお手軽な事柄
こういった、何というのか

「山をも動かす信仰」のような真剣さ

が、上げられていないことである。
なので、今のブームには相当違和感がある。

安っぽい「スピリチュアル」なのである。


「あなた方は、誤解しているし、勘違いしている
 霊的とはそうではないのだ。」

とでもいうような、

かつてイエス・キリストが
頑なで自分たちに都合のよいような解釈でしか
「神」のことを考えられなかった人間達に向かって
言って迫ったような、
そんな、迫真の世界観がなければ
現在の社会に訴え、真に有効な「霊的生活」など
世に出てくることもないかもしれない。

そういう意味では、
今のブームは
過去、真剣に求めた人達に公開された霊的事柄の一端を
使い回すかのように
安っぽく質の悪い大量印刷を繰り返しているようで
ただただ、
残念でならない。

あー、人々がギョッとするほど真に迫った
本物が、世に出る世の中にならないだろうか。

いや、もし、世に出たら
かつての賢者同様
迫害され、攻撃されるのだろうか
悩ましい・・・


ところで

20年ほど前、自分の日記に
表題のような、こういうタイトルをつけようとした
痛い私がここにいる・・・σ(^◇^;)

ああ、赤面・・・(#^_^#)


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