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愚かな盲信?・・・(もしもの世界)

公開日: 2008年11月11日火曜日 創作童話-もしもの世界


(創作童話−もしもの世界) ※この話はフィクションです


彼は、修行者見習いであった。

師はいかなる思惑があったのか
彼に「盲信(もうしん)」という名を授けた。

ところが、
多くの修行者が名前の意味に呆気(あっけ)に
とられている反面、
当の「盲信」本人は、
師から名前を授かったことに涙を流して喜んでいた。

「おい、モーシン!」
「はい、兄弟子様」

こんな感じで、
その後の彼、「盲信」は
名を呼ばれ続けるも
意に介せず、

それどころか
師よりいただいた名をありがたく
噛みしめているようであった。

弟子の何人かは
いぶかしげに思った。

「なぜ『盲信』という名なのだ?」
「師はどう考えてらっしゃるのか?」
「盲信本人は名の意味を知らないのか?」
「一般に『盲信』はよいことではないだろう…」

ところが、師も、
幾人かの弟子たちの疑問を
意に介さず、その様子を黙って眺めていた。

「宗教は、愚かな盲信であってはいけない」
「そうだ、無知なる盲信は永遠の迷い道である」
「信じることと盲信は別だ」
「正しい道を歩むには『分別』が必要である」
「知恵あることと信仰と、共に必要なのだ」
「盲信とはよい言葉ではない。それでも名にすると言うのは…」
「師は、本人を表す言葉として戒めとして名付けられたのだ」
「…では?」
「ん?」
「彼『盲信』は、本当に『愚か』で『無知』なのだろうか?」
「え?」
「そ、そりゃあ…」
「我らと共に、ここにいるから大丈夫に見えるだけだ」
「そうだな、世の中に置き去りにされたら、彼は欺されるだろう」
「うん、人を疑うことを知らないから欺されやすいだろう」
「・・・」

弟子の一人は、何か腑に落ちなかった。

「『盲信』という言葉を無性に嫌がる。
 『盲信=愚か』との観念に縛られていて
 何か大事なものを見落としている?」

その弟子は、
自分たちが「盲信」という名の
試験をうけているのではないか?
とさえ考えてみた。

「彼『盲信』は、欺されやすい?本当か?」

いや、もしかすると、
盲信にはおかしな理屈がない分
率直に高貴なもの、正しいものに
たどり着きやすいかもしれない。

弟子の一人は続けて思った。

「もし、師より、課題が出されて、自分は迷うことでも、
 『盲信』は悩むことなく、即断するかもしれない。
 盲信は霊的には賢いのではないのか?
 ・・・
 盲信は愚かなこと?本当か?
 信仰の弱い、自称知恵者の屁理屈ではないのか?
 信仰はきわまれば・・・もしや・・・」


「おい、モーシン!」
「はい、兄弟子様」

盲信は懸命に駆けていく…

「盲信(もうしん)」の愚直そうな微笑みの奥に
人は何かを見ることができるか

何も気づかず侮蔑する人
気づこうともせず無視する人
いぶかしく見つめても、名前に惑わされる人

しかし、実はそこに
霊的に重要な事柄を知るヒントが
隠れていたとしたら、
彼「盲信」に気づかないことは
大変なチャンスを逃すことなのかもしれない

他の人達がどうあれ、

そんなことに
まるで、かまわず

「盲信」は、今日も行く・・・

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