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「霊的なこと」その1…(人間は複合的)

公開日: 2008年12月30日火曜日 「霊的」ということ

[2008.12.30]


「霊的なこと」

これほど、「なんとなく」のイメージで
世の人々に語られている事柄も珍しい。

例えば、以下のような文章などを
「霊的なこと」として見かけたことがある。

・ポジティブな思考が霊的に良い・・・(?)
・感謝の気持ちが霊的に良い・・・・・(?)
・愛の波動が霊的に良い・・・・・・・(?)

他にも同様のものがあるかもしれないが
今、たまたま思い出せるのが上の3つである。


さて、
正直、自分は首をかしげてしまう。

ただし、
一概に間違いであるとの否定は早計である。

長い目で見ると、巡り巡って
霊的に良い影響があることもなくはないだろう。

また、上記に上がっていることは
それと反対の行為と比較すると
確かに霊的には良いのかもしれない。

しかし、
「人間」という存在を霊的に考えて
改めて見直した場合
上記の事柄は直接「霊的なこと」を
語っているとは思いにくいのである。


「人間」とは複合的な存在である。
ごくごく端的に
使用する「体 - Body」に分類して
記していくと、
多くの人間は次の3つでいいらしいが・・・

(1)肉体(にくたい)という体
(2)幽体(ゆうたい)という体
(3)霊体(れいたい)という体

人間はこの3つの体を持っていて
これらはそれぞれ別々に「意識」や「心」を
持っているとのことである。

そして、
人間の通常の「意識」や「心」は
脳とイコールではないが、
肉体の脳が重要な働きをして
それによって醸成されたものらしい。

(本当は「心」とはかなり複雑らしいが
 話をわかりやすくするために
 あえて省く)

その意識は
幽体の心や霊体の心と同じではないので
それらの別次元の「意識」や「心」について
「肉体の心」は
よくわかっていないらしい。

幽体の心と霊体の心の関係も
少々入り組んでいるようであるらしい。
また、
幽体の心や霊体の心は
なかなか自分たちの考えが通じにくい
肉体の心に対して何かを
あれこれと思っているのかもしれない。


つまり、
人間の通常の「意識」や「心」は

(本当は入り組んでいるが
 あえて簡単に言うと)

「肉体の心」が主になっていて、
肉体の次元の出来事であり、

したがって、
その肉体の次元の「心」を変えたとしても
幽体や霊体の意識も高級になりました・・・
というほど単純ではないようなのである。

となると、
自分の心のあり方を変えたからといって
霊的であるとか、霊的に良いとかは
簡単にいえないようである。

ただし、
今言ったのは、一般的な話である。
したがって
高級な霊魂が注目するほど
真剣であり、かつ、
高貴な存在に届くような
強く清い信仰があるのなら
話は全然違ってくるのかもしれない。


さて、
以上を踏まえたとしても
これらの話は、
「体 - Body」の話であって

「魂(たましい)」や
「霊魂(れいこん)」
という存在そのものではない。

したがって、
「魂(たましい)」や
「霊魂(れいこん)」については
もっと、複雑とのことである。
正直、自分にも
理解できていない。
それは、
それを理解できる「知性」と「霊性」が
足りないからである。


ゆえに、
自分も霊的にはそうとうに未熟である。

まだまだ・・・((((((^_^;)

 
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