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日記・2月19日(木) 「讃歌」

公開日: 2009年2月19日木曜日 普通の日記


讃歌・・・何かを讃える歌

人は、そんな歌を歌うとき、何を讃えるのだろう。


讃えるというのであるから、その対象への
有り余る称讃の念に満ちて
その讃歌を歌うのであろう。

もし、高貴な霊的存在に対するのであるのなら
その讃歌は祈りを力強く表現するものなのかもしれない。

そんな讃歌が歌えるのであるなら歌ってみたい。

しかしそれは、

何か目的をねらって歌うものではなく、
自分の中で湧き上がる称讃の念、憧憬の念
そういったものが自然にほとばしった結果、
「讃歌」
という歌の形をとったのかもしれない。

とすれば、
何と美しいことか


現在、讃歌といわれるものは
地上的価値や
所属する団体や
自分たちの存在を意味づける方向などに
向かうものが散見される。

それもいいのかもしれないが
神や高貴な霊的存在への憧憬から
その想いがほとばしるがごとくに
讃歌を歌う人物がいたら

到底、その想いにはかなわない・・・

と感じる今日この頃である。


自分にもいつしか、そんな讃歌が
歌えるだろうか・・・



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