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「神の切り捨て」と「神仏の捏造」…(ちょっと想像)

公開日: 2009年5月3日日曜日 創作話集-「ちょっと想像」


本来ならば、
神は大変に貴く
人間には決して理解できることはない。
逆に言えば、
人間が理解できるような「神様」はどこにもいない


なので、貴い存在については
霊的天才とされる方々のヒントをもとに
うやうやしく、思いめぐらすほかに、
すべはない。


ところが、
ある小国において
地上的な理由や思惑で、
歴史研究家や
執政者たちにより
神や仏の体系が強引に
いじられたことが何度かあったようである。

その結果、

「神の切り捨て」がおこり
「神仏の捏造」がしくまれる

と、自分は思っている。


おそらく、それは
人間側の都合であり、
貴い存在にとっては
あっけにとられるような
行為であったのだろう。


しかし、
そのゆがんだ体系で
神仏や宗教的世界観は
人々に語られてゆく。
学んだ人々は
それを宗教的真実と受け取る。

となると、
それらを学習して、この世を去った
新たな霊的存在は、
自分の理解している教義や世界観を
正しいと信じているので
時には、
自分を、自らが信じる神仏の代理であると名乗り、
可能ならば霊感を人間に送り、
自分の信じることを
地上の人間に広めようとするだろう。

それは、
彼にとっては正義なのかもしれないが
どう考えても
かえって、この世を悪くする動きに
結果的に荷担しているようにしか
見えない、ように思う。


そんなことを思いめぐらせていると

あからさまに、
書物に出てくるような
神仏などの名前を語る存在が
出てきた場合

(1)人間側の都合に合わせて仕方なく
 その名前をやむをえず使おうとする
 ある意味「ウソつき」な霊的存在

(2)人間側の「ハロー効果」や「確証バイアス」を
 たくみに利用する、あまりよろしくない霊的存在

(1)(2)のどちらか
ということになるのでは
ないだろうか。

しかしながら
(1)についていうと
「ウソつき」でも高貴な存在の
使者である可能性はある。

そもそも、高貴な霊的存在を
人間達が知っている名前だけで
査定しようというのが本末転倒ではないだろうか。

「どなたですか?」
と聞かれても
人間が簡単に理解できるようなわかりやすい名前を持っていない
高貴な存在は、むしろたくさんいるのではないだろうか。

反省すべきは
人間側の、
霊的世界さえもそれで査定しようとする
「ブランド志向」
なのではないだろうか。



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