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さよなら心理主義…と言いたいが

公開日: 2009年5月4日月曜日 「霊的」ということ


霊的な話を語る・・・

というコーナーで語られているのは
「心理的な教訓」だけでしかなかった

とか

占い(命・卜・相のどれかはともかく)の結果
対処法として語られているのは
これまた
「心理的な教訓」だけでしかなかった

とか


どういうわけか
心理を専門に勉強する専門家ではない
別の専門家が
自らの専門的な観点として

「心理的な教訓」「心理主義的な内容」

これを語ることで
答えをすり替えてしまっている
そんなような傾向が
散見されることがある。

もちろん
心理的な見解がいけないわけではない。

人間存在の全てではないけれども
かなりの箇所は「こころ」であるのだから
そこに言及するのも納得できる。

しかし、

「こころ」と魂(たましい)は同一ではない。

こころの問題を解決したからと言って
魂(たましい)にとって「良いこと」ではなかった、

そういうこともあるらしい。


となると、
仮になんらかの相談を受けた霊的な専門家は
魂(たましい)の成長を考えた結果、
「こころ」の解決策をあえて出さないことも
あるかもしれない。


しかし、

相談した本人は
魂(たましい)の状況などわかるはずもなく
むしろ
「こころ」の意識が表面に出ているので

「なんとか答えや解決がほしい」

と願うだろう。


さあ、霊的な専門家はどうするのだろう。


おそらく
こういう状況での次の判断に
霊的な専門家の真価が
あらわれるのかもしれない。

しかし、
霊的な専門家が安全策をとって
無難に過ごすのであれば
(それが悪いとは言わないが)

「心理的な教訓」「心理主義的な内容」

これらを用いて、依頼者が
受け取りやすい話にして
答えや対応策を
伝えた方がいいのかもしれない。


ただし、

それが本当に霊的な回答だとは
到底思えないのだが・・・


心理主義は、
話としてわかりやすく
内容も納得しやすく
よいのかもしれないが

そこでとどまると
いつまで経っても
地上的な価値観や心理的な事柄を超えた

「本当に霊的な話」
これについて話ができない

という弊害があるため
自分の本音としては、

「さよなら心理主義」

といいたいのだけれど
この傾向は、しばらく続くのであろう。


心理主義的な方法での回答が
霊的な相談の世界で
もてはやされると

とある方法を
上手に使うことで
「当たる」という現象は
起こしやすくなるため
評判は高まるかもしれない。

しかし、それは
霊的には「インチキ」に
なるように思うのだけれど
どうなのだろうか。


※補足

ちなみに、魂(たましい)は何を指すのか
ということについては
実は、
相当に難しい問題だと自分は理解しています。

チャクラがどうのこうのというような
「霊能力」の持ち主レベルでは
魂(たましい)についての正体を
何もわかりはしないだろう

ということだそうです。

むずかしいですね。
でも、これが人間の正体を知る上では
はずせない重要事項だそうです。


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