【 はじめに 】

ワタクシは契山館霊的トレーニングを実践し、水波霊魂学を学ぶ途上の未熟な一修行者であり、本ブログは個人的見解で記載していますので、内容は私の理解度によるものです。したがって内容の間違いや不備は私個人の責任です。

記事についての問い合わせや質問がありましたら、コメントへの記載やメールをいただけますと、できる範囲でお答えしたく考えております。 

ishimatsu☆aol.jp 石枩(いしまつ)(@を☆に置き換えて表示しています) メールの内容によっては返答致しかねることもありますのでご了承下さい。

ブログ本文ならびに図画については著作権を放棄しておりませんので、本ブログの無断転載・無断引用はお断り致します。

「一般の人間」

公開日: 2009年5月6日水曜日 「霊的修行」


なぜ、霊的修行をしているのだろう。

それは、

自分は「一般の人間」なので
日々の生活を普通におくるだけでは
なんら霊的な進歩が望めないと
そう考えているからである。

単に、進歩がないだけならば
まだよいが、
日々の生活を普通に送ることで
霊的に退歩する可能性
かなり濃厚であるように思える。

まず、世の中で生きていくために
同業者や商売敵との競争が避けられない
そこには
きれい事ではすまないことが正直、
存在する

「べつに成績が良くなくても生きていければ」

ということも考えたが
成績の良くない会社員なら
居続けられると困る
と、いうのが会社の正直な考え
だということも知った。

となれば、

他との差別化を図ったり
自分の成果をあえて強調しなければならなかったり
なんだかかんだか
いろいろあれこれ・・・


いやいや何よりも
この地上に人間として存在するだけで
他の生命体を傷つけたり、殺したり、食ったりなど
相当犠牲にして
自分がのさばっている。

もし、いろいろな生命体に
発言権があり、
自分に何かをいうのだとしたら
何を言うのだろうか

自分はそれに堂々と
返答できるだろうか

たぶん、
何も言えないように思う。


せめて、せめて

修行により
地上にいくらかでも
高級な気をおろす手伝いを
できるのならば・・・

そう思い、
「一般の人間」である情けなさ故に
修行を続けている


間違えているかもしれないが
今の自分は
こんなところが
正直な気持ちでもある


  • ?±??G???g???[?d????u?b?N?}?[?N???A

2 件のコメント :

匿名 さんのコメント...
石枩(いしまつ) さんのコメント...