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随筆・道程百景 #10「天竺へ…」(1)

公開日: 2009年6月15日月曜日 随筆・道程百景


(この話はフィクションです)


とある修行者がスタスタと歩いていた。

そこへ、馬が駆け寄ってきた。
修行者は脇目もふらず、
馬を気にすることもなく、
歩き続けていた。

修行者がこちらを気にしていないので
馬は、龍に変化したみた。

そして龍になった馬は修行者に問うた。

龍馬 「どこへ行く?」
修行者「天竺へ…」
龍馬 「何をしに行くのだ?」
修行者「これは貴い修行の道程です」
龍馬 「貴い修行とは何だ?」
修行者「己をみつめて歩むことです」


龍馬はあたりを見渡した

なにか殺伐として妙である。

そこでさらに修行者に問うた。

龍馬 「お主は、何か忘れてはいないか?」
修行者「自分を見失わないようにしていますので
    忘れてはいません」
龍馬 「お主は、一人なのか?」
修行者「はい、一人で行くのが修行です
    己を強くもたねばなりません」
龍馬 「お主は本当に一人なのか?」
修行者「一人です」
龍馬 「いいや、よく見るがいい、
    自分をいつわっているから見えないだけだ
    忘れられた自分が3人の姿をとって
    お主の周りにいるぞ」
修行者「なんですって!?」
龍馬 「一人目は、欲望を止められない自分、猪の姿をしている
    二人目は、嫉妬や憎しみを持つ自分、河童の姿をしている
    三人目は、おろかでわがままな自分、猿の姿をしている」
修行者「・・・」
龍馬 「お主は一人貴く聖人のように
    3人を無視して修行者のスタイルをしている
    周りにいる3人ともお主の本性の別の姿なのに
    お主はその別の姿を見つめてはいないのだ
    お主は、猪や河童や猿が嫌いなのか?」
修行者「・・・」
龍馬 「お主は、自分を見つめているという。
    確かに『聖人』のような美しい自分ばかりを
    求めてそれを見つめている
    しかし、そんなことを続けていると
    立派な自分以外を無視したあげく
    立派な自分がどんどん尊大になり
    傲慢な大聖人になるか、あるいは・・・」
修行者「あるいは・・・?」
龍馬 「無視した醜いところを嫌悪するあまり
    弱くもろく醜いものを目にした時
    おそろしく攻撃的になり、
    ちりひとつ許せない清潔な大聖人になり
    結局、
    道を間違えるかもしれんぞ
    ・・・
    どうせ、貴いものを目指すのなら
    お主と猪と河童と猿と
    つまり、それが全てのお主だが、
    いろんな自分と手を取り合って
    苦労してもよいから進んだほうがよいのではないか。
    清らかな自分一人でスタスタと先を急ぐな。
    自分を置き忘れるなよ・・・」


<つづく>

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