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人間の質が落ちた?

公開日: 2009年9月11日金曜日 こころざし


20年ほど前に、とあるTV番組を見ていたら
同じ質問に対する世代の差が大きく出た質問があるのを
知った。


質問はこうである。

1.「勉強は必要ですか」
2.「勉強は何のためにしますか」



それに対する答えは

1.の質問にはどの世代も必要と答えていた。


しかし、

2.の質問には世代の違いがはっきり出たようだった。


〜50代(当時)までの人達の答え
・自分のためになる
・仕事に役立つ
・偉くなるため


一方、
60代(当時)以上の方々の答え
・国や社会や世の中のため
・学問は自分のためにやるものじゃない
・勉強や学問で自分を偉くすると言うのはとんでもない話


そこで、50代(当時)までの人々と考えがまるで違うので
自分のために勉強するんじゃないんですか?
とレポーターが聞き直すと
とある男性がこうおっしゃった・・・


(うろ覚え)

勉強というのは、なかなかできるものじゃない。
勉強や学問を行えるというのは、そういう巡り合わせを
持っている人である。
そういう人になった場合、その人には「役割」がある。
また、
勉強や学問は一人でできるものじゃない。
教えてくれる人や、本を書いて後世に伝えてくれた人々がいる。
そういう他の人の積み重ねがあって
今の自分の勉強があると知った時、

その期待やその役割に応えて、
世の中や社会にどう返していくか
世の中や社会にどう貢献するか

それが勉強や学問の道であって
自分一人の都合や出世などの手段にするなんて言うのは
とんでもない話です。
それは学問や先人に対する冒涜(ぼうとく)です。

いやいや、えらい剣幕ですみませんでした。



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20代の頃、このTV番組を見て

「昔の人は、自分のために生きることが
できない価値観に育ったんだな・・・」

という感想を持ち、
昔の人を気の毒に思ったが・・・

・・・

今、中年になって、ふと思うのは、

あのときの「昔の人」の方が
志が高く、
人間の質が上だったんじゃないか?
見ている視点や考えが
もっともっと裾野が広く
本当に優れていたんじゃないか?


という格の違い、を考えてしまうのである。


あるいは、

勉強・学問 → 霊的修行法

と置き換えて考え直してみた時、


あ、こりゃいかん
恥ずかしくて、身の置き所がない

情けなや〜 (;^_^A 
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4 件のコメント :

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石枩(いしまつ) さんのコメント...
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