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なぜ?の質問は、どうなった(改訂版)

公開日: 2009年10月25日日曜日 「霊的」ということ

[2009.10.25]




なぜ、自分は生まれてきたのだろう・・・
なぜ、人は死ぬのだろう・・・


という「なぜ Why?」の問いは
おそらく多くの人が

一度は考え、一度は口にしたことがあるように思われます。


しかし、

大人になってまでもこの問いを続ける
「模索する大人」はなかなかいないのかもしれません。


「なぜ Why?」の問いは、安心して生活している状況に対して
根源を問う、忘れていることを思い起こさせる、
つまり、
人を不安定にさせる問いだと、聞いたことがあります。


さて、上にあげた2つの問い、
子供の頃に着想する機会の多い「この問い」は
ちょっと困った表情の大人からの返答で
いつの間にか消えてゆくようです。

おそらく、

多くの大人は安定した生活の維持のため
「この問い」を
どこかでやめてしまっているか
仕方なく忘れてしまっているように
感じられます。

さて、大人は
子供に上記の質問を尋ねられたら
なんと答えるのでしょう?


「そんなこと、誰にもわかりはしないんだよ」

「そんな小難しいこと言ってないで、家の手伝いをしてよ」

「そんな変なこと考えていないで、学校の勉強してよ」


確かに誰もがわかることではないのですが、
いつの間にか
目の前の生活や勉強の方が優先され
生活の役に立ちにくい「この問い」は
すっかり埃をかぶって
埋もれてしまったようでした・・・



なぜ、自分は生まれてきたのだろう・・・
なぜ、人は死ぬのだろう・・・


この問いに対して
有効な答えを提示してくれるのは
宗教や哲学であるといわれています。

なるほど、
宗教や哲学は人間に
「意味」を示し
有意義な人生を紹介してくれそうです。


しかし・・・


どうも、それはコインの表側しか見ていないような
つまり、どこまでいっても
「この世」ばかりを大前提にした価値観の枠
であるように思います。


「この世への誕生」
「死」

これらが次元を異にする境界線上の出来事なら
霊的な事柄を抜きにしては語れないのではないか、
つまり
コインの両面を見る必要があるのではないかと思うのです。


とはいえ、
霊的な事柄を学ぶと
それで、すべてスラスラと「この問い」が解けるのか?

ここが霊的なことを学ぶ難しさと
奥深さであるように思います。


学校の勉強であれば
知識や概念習得など知的な学びになるのでしょうが

霊的な事柄は、どうも
霊的な身体や意識の成長が伴わないと
知識だけで並べても、
うけとめられずに取りこぼしてしまうように
思われます。


となると
自分が学んでいる最中の霊魂学という学は
これまでに見る機会のない価値観もさることながら
霊的トレーニングによる学びも相まって
作用するように感じます。

いわゆる単に
霊的なことや知識を知ったからと言って
簡単に「人間誕生」という事件と
それが一人一人に持つ意味を解けるものではない
と思うのです。

どうも、
この答えの核心は
人間の「霊魂」にあるとのことなのだそうです。
どうも
霊魂の正体に答えが隠されているようです。

しかし、
「霊魂」とはかなり複雑な実体で、一方
世間では単に「死んだ人間」のことだけをいうようで
人間の霊的な実体として「霊魂」の話には辿り着く機会が
遠くなっているということに残念な気がします


もし「霊魂の正体」に迫れないとしても
せめて、
人間は霊的存在であり
まずは、その一歩として幽体について知り、
幽体を鍛える霊的トレーニングの実践に向かってほしい

と、今の自分は思うわけです。


世の中の人々が子供のころに考えていた
なぜ?の質問は
いまも埃をかぶっているのでしょうか・・・



 
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