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気づいてもらうには?その2 − 人間との霊的な距離…(つぶや記)

公開日: 2010年2月3日水曜日 つぶや記


人間自身が
拝みたくなるような
信仰したくなるような高貴な存在

例えば、宗教などでは
神、神々、仏、
と呼ばれるような高貴な存在


人間は、
そういった高貴な存在と

いったいどれくらい
(霊的に)離れているのでしょうか


宗教や霊的な価値観を訴える方々は、
高貴な存在を
「身近」
であるように表現することが
多いようです。

例えば
「思いは通じる」
「神様は見ていてくださる」

という言葉で表現されているように
思われます。

これはこれで、
大事なことであるように
思われます。

また、おそらくこのほうが
神様を遠い遠い存在であるとするよりも
神様があまりに偉大で、人間との関係がわかりにくいとするよりも

信仰の手応えを感じやすい、
信仰を励みにしやすい、

ということも
あるからなのではないか
と自分は考えます。


さて、実際のところはどうなのか?

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自分が霊魂学を学んで理解している範囲で
なるべく間違えないように書き進めます。


高級霊魂などの高貴な存在は
基本的には、人間と霊的な次元が違うことから
通常は、接点を持ちにくい、とされております。

だからこそ
高貴な存在と接点を持ちやすくするには
どうしたらいいか

それには人間の霊的身体とその状態を知ること
そして霊魂について理解すること
そして、
知ることだけでは限界があるので
霊的トレーニング(霊的な修行)という
実践が重要であること



これが霊的な問いかけのはじめに生じてくる
重要な点であると自分は受け取っております。


もし、

高貴な存在と交流をした!

という時、

人間 と 霊魂 

が交流したということになります。
つまり、
次元の違う存在同士が交流できたということなので
通常はなかなかないことだそうです。
それでも
錯覚などではなく
実際に交流したのだというのであれば、
かなりの場合、その霊魂というのは
人間に霊的な距離が近い存在だと思われます。

そして、

そういう場合は
あまり尊敬できない不道徳な霊魂である
可能性の方が高いようです。

(もし人間側が適切な霊的トレーニングを相当積んだ、
 という場合であれば、事情は違ってくるようです)

ただし、ここで
「交流」
と一言で書いてしまいましたが
何を「交流」とするのかによって話は変わってくるでしょう。

人間同士の会話のように
霊魂と会話できることを交流という場合は
まずほとんど生じないようで、

そうできるというのであれば
その霊魂が良くない意味で
人間に「密着」していることが
多いのだそうです。


また別の点から言うと、

一口に霊的な存在と言っても
表面の体としている霊的な身体は、幽体なのか、霊体なのか
例えば、幽体であったとしても、その幽体を流れる幽気の質が
高い存在なのか、低い存在なのか

これによって
人間との霊的な距離はかなり違ってくるようです。


どうも
霊魂の世界というのは
そうそう単純なものではないようです。


人間である自分は
高貴な霊魂の、良い影響を受けられるよう
少しでも、霊的身体の状態を好調に保つべく
かつ、霊的身体をより成長させるよう
霊的トレーニング(霊的な修行)を行い、

同時に、

日々の生活の中で自分の意識の未熟さを
改善するべく努力を積み重ねていくよう
頑張りたいものです。


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