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随筆・道程百景 #11「天竺へ…」(2)

公開日: 2010年5月27日木曜日 随筆・道程百景



(この話はフィクションです)


とある修行者が「天竺」に向かって旅立つ前後の話・・・

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修行者は「天竺」をめざす
ものらしい。

いや、修行者だけではなく、
幸せになりたいのであったとしても
「天竺」をめざす人もいるらしい。


しからば、「天竺」とは
いかなるところなのか?


貴き存在のいらっしゃる
いと高きところ・・・?

永遠に生きられるという
機械の体がタダで・・・もとい

求道のゴール?
究極の理想郷?


はてさて・・・


そんな謳い文句と
虚実かどうか不明な説明文句が
方々に行き交っていた・・・

しかし、
とある修行者はいたってシンプルに考え
見据えていた。


・霊的真実が知りたい
・霊的に高貴な存在にまみえたい


その修行者は
人々が噂しているのとは
別の方向性で
「天竺」に行くことを決意した。


しかし、
修行者の周りの人達は、
「天竺」行きについて疑問を感じているようで
論争に花を咲かせていた。


「これは行動を起こす前には
 大事なことなのだ!」
「よくよく論じることが大切なのだ!」

という具合に

この論争に有意義な結論を出せるものこそが

ものをよく知り、
賢き指導者たる見識を持ち、
人々の目を覚ますことが可能なリーダーである、

と言わんばかりに・・・


・・・・・


「天竺はあるのか?」

「天竺とはそもそも何なのだ?」

「誰か見た者はいるのか?」

「誰が最初に言い出したのか?」

「すなわち、単なる『青い鳥』と同じだよ」

「騙されているんじゃないか?」

「天竺とは遠くから見える地を指す言葉で、近づくと天竺ではなくなるんだ」

「天竺という終着点はない、天竺へ向かう過程そのものが天竺なのだ」


・・・・・


論争や理屈合戦は
とどまるところを知らない様子であった。


しかし、

そもそも、当事者である修行者は
「天竺」論争については、意に介していなく、
どこ吹く風、といった様子であった。


そうそう・・・


気づいたら、修行者はとっくの昔に
出発したあとであった。


出発地点では、いまだに論争と理屈合戦が
止まずに続いていたとのことである。

何のために論争しているかは
よく分からないが・・・

あはれなるかな・・・



<つづく>


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