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霊的な話は、やっぱりむずかしいのかもしれない

公開日: 2010年7月7日水曜日 「霊的」ということ


子どもの頃、

死者が別世界に旅立つマンガや
「図解・天国と地獄」のような子供用の娯楽図鑑や
その他もろもろの雑誌の付録を見たこともあり

「死んだらどうなるんだろう?」

という疑問は素朴に浮かんできた。


しかし、母親に聞いてみたところ

「だれも分からないんだよ・・・
 生き返ってきた人がいないからねぇ・・・」

との答えだった。

その頃、祖父が亡くなり葬儀がとりおこなわれたが
自分の地元での「お通夜」では

祖父を知る人達が、悲しんだり、お酒を飲んで笑ったり
思い出話をしたり、なつかしいという歌を歌ったり、

会場には様々な表情があちらこちらに見られたのを
子ども心に不思議に思った・・・

「おじいちゃんが、どうなってどこへいくのか
 みんな知っているの?
 わからなくてもこういうお別れをするものなの?」

子どもの頃に大人に聞いた話は

「分からないんだよ・・・」
「神様、仏様の世界に行くんだよ」
「天国に行くんだよ」
「天からおまえたちを見守っているんだよ」

などの返答だった。

つまり、多くの大人達は
はっきりした答えを持っているわけではなかった。
しかし、
そこに不幸なイメージはなく

異なる世界にいって幸せになっているだろう
だって、あんないい人だから・・・

と皆同じようにそういう雰囲気で話していた。

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という日本では良くありがちな状況の中で
霊的な話を真剣にしたら、はたしてどうなるのだろう・・・

真剣に話される霊的な話は
明確な法則やルールを打ち出してくる

「死んだらこうなる」
「こういう場合は、ああなる」

これは、
自分が子どもの頃にみた大人達とは
明らかに「死」に対する姿勢や立ち位置が
違っている。

そういえば、
近所にそういうおばさんがいたようだった。

親やまわりの大人達は
「あの人、宗教持ってるから」
と、異なる人種であるかのように距離を置いていた

そうか・・・
となると・・・

一般的な日本の情緒的死生観で
死後を考え、日々を過ごしている人達からみると
「死」に対する明確な姿勢や立ち位置を主張する人は
別種の世界の存在に見えるのかも知れない

おそらく、
自分達が曖昧にしていて
情緒的に納得し、あえて不問にしてきた事柄に対して
明快にズバッと話をされてしまうと

自分達もその話に対して
YesかNoか何らかの答えを
つまり、自分達としての明らかな答えを
出すように追い立てられているような、
そんな、気持ち悪さに、
悩んでいる、のかな?と思ってしまう

ところで、

高校生の頃、
親密に話ができる友人はよく言っていた

「霊とか宗教の世界は、よくわかんないな・・・」

彼は誠実な友人だった。
彼の「わかんない」は
「内容が理解できない」という意味ではなかった
その話題や見解に対して
「賛成か反対か不問にするか、
 自分はどういう立場を取っていいかわかんない」
という意味だった。

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さあ、困った。

自分は霊的な話をできれば
いろいろな人にしてみたい、と考えている

実際にできるかどうかの問題もあるが、

内容を聞いてもらいたくても
少し前置きをしただけで
「異なる人種」と思われることもあるわけだ・・・

まあ、それはそれでしようがないか・・・

大事だと思えば、言えることは言おう


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