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ただ、単に・・・(つぶや記)

公開日: 2011年1月17日月曜日 つぶや記

(以下は単なる感傷的な言葉の羅列です)

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この恵まれた時代と社会は
素晴らしきかな

人々に生きる楽しさと必要性を説き
そのための作業を次々と提供し

疲れた場合には娯楽と
安息を提供する
(生活に余裕があるのなら享受できる)


ただ、単に生きていくだけなら
何も苦労はしない・・・


ただ、単に生きていくだけなら
人生を問うこともない・・・


ただ、単に生きていくだけなら

自分とはどういう人間なのかを
深く考えることもない・・・



















しかし・・・


ただ、単に生きていけないので
「幸せ」とは何かを考える


ただ、単に生きていきにくいので
手に入りやすい「幸福」を求めて歩く


ただ、単に生きようとしても
自分も他人もまるで違う個性と人生なので
自分について問わずにはいられない


それでも・・・


楽しい出来事があると
そんな考えも忘れて
目の前に出来事に興じる

それも人生の潤いであるので
良いとはしても

目の前の出来事その1
目の前の出来事その2
目の前の出来事その3
・・・・・・・その4
・・・・・・・
・・・・・


はっ・・・と気がついたら


今際の際(いまわのきわ)であった
ということもある


目の前の出来事に追われ
ただ、単に生きていき

それでいいのなら


誰も何も口を挟むことも
しないし、できない・・・


ただ、単に・・・で済むのなら・・・

ただ、単に・・・で後悔しないのなら・・・



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(実際には、「ただ、単に生きていく」のが困難なこともたくさんあります。
 しかし、生活が安定した場合「ただ、単に生きていく」日々になりかねないと、
 年長者から聞いた事があります。
 この文章を書いているうちに、葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」を思い出しました)



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